有機化合物でベンゼン環を有することは多く、芳香族化合物の合成反応は非常に重要です。芳香環をもつ化合物は安定性が強く、通常は化学反応しません。

ただ場合によっては、芳香環上の置換基を置き換えることができます。これを芳香族求核置換反応といいます。ベンゼン環に脱離基が存在する場合、求核試薬と反応させることで、別の置換基に置き換えることができます。

芳香族求核置換反応で最も優れている反応がザンドマイヤー反応です。ジアゾニウム塩を経由して、あらゆる置換基を合成できます。その他、芳香族求核置換反応にはハロゲンやベンザインを用いる合成反応もあります。

それでは、芳香族求核置換反応の反応機構はどのようになっているのでしょうか。また、どのような置換基を導入できるのでしょうか。これらを解説していきます。

ベンゼン環の置換基が置き換わる芳香族求核置換反応

芳香環をもつ化合物では、置換基が結合していることがほとんどです。これら置換基の中には、求核試薬と一緒に存在させることで置換反応を起こすことがあります。

求核置換反応では、必ず脱離基が存在しなければいけません。求核試薬(Nu)が分子に攻撃することで、脱離基(L)と置き換わります。以下のような反応機構によって、ベンゼン環上で求核置換反応が起こります。

アルカンに対する一般的な求核置換反応と同様に、同じ炭素原子上で置換基が置き換わります。そのため、反応機構は簡単です。

ハロゲンへの置換反応が芳香環上で起こる

芳香族求核置換反応で最も簡単な合成反応としては、ハロゲンへの置換反応があります。アルキル鎖に対する求核置換反応では、ハロゲンが脱離基になります。同じように、ベンゼン環上のハロゲンも脱離基となり、求核試薬による攻撃を受けます。

例えば、塩基性条件下でハロゲンをもつ芳香環と反応させることで、ハロゲンが-OHに置き換わります。その結果、フェノールを合成できます。

このように、ハロゲンを他の置換基に変えることができます。

もちろん、反応条件を変えれば別の化合物を得られるようになります。例えば水と反応させるのではなく、アンモニアと反応させれば、フェノールではなくアニリンを得られます。アミンを合成できるのです。

なおハロゲンの脱離基としては、以下の順番で脱離しやすくなっています。

  • F(フッ素) > Cl(塩素) > Br(臭素) > I(ヨウ素)

ハロゲンの脱離能について、アルキル鎖に対するSN1反応やSN2反応とは反応性が逆です。アルキル鎖の求核置換反応では、脱離基がイオンになりやすいほど反応しやすいです。そのため炭素とハロゲンの結合が弱いヨウ素が最も反応性が高いです。

一方でベンゼン環上のハロゲンでは、求核剤による攻撃&付加が律速段階です。そのため立体障害の少ない原子であるほど脱離しやすくなり、結果としてフッ素原子が最も脱離基として優れています。

電子吸引基やピリジン存在により、ハロゲンが置き換わる

ただ、芳香環は安定なので通常の条件下では合成反応が進行しません。しかし電子吸引基がある場合、例外的にハロゲンの置換反応が起こります。電子吸引基としては以下が知られています。

  • ニトロ基(-NO2
  • シアノ基(-CN)
  • カルボニル基(-CO)
  • スルホ基(-SO3H)

なぜ、これらの置換基が存在するとベンゼン環が活性化し、求核置換反応が起こりやすくなるのでしょうか。これは、電子吸引基が存在すると以下のような共鳴構造を書けるからです。

このように、電子吸引基のオルト位とパラ位はプラスの電荷を有することが分かります。そのためマイナスの電荷を有する求核剤によって攻撃されやすくなり、ハロゲンの置換が起こりやすくなります。

ベンゼン環に電子吸引基が存在する場合、例外的にハロゲンの芳香族求核置換反応を起こすことが可能です。参考までに、この反応機構をSNArともいいます。

・ピリジンなどヘテロ環化合物でも反応が起こる

共鳴構造によって芳香環がプラスの電荷を帯びるのは電子吸引基だけではありません。ヘテロ環化合物も同様です。

ベンゼン環の中に窒素原子があるピリジンだと、電子吸引基と同じようにベンゼン環上の電子密度が低くなります。以下の共鳴構造式を書けるからです。

そのため電子吸引基だけでなく、ピリジンなどのヘテロ環化合物でも芳香族求核置換反応が起こります。

ジアゾニウム塩を用いたザンドマイヤー反応が最も一般的

それでは、芳香族求核置換反応としてはどのような反応が利用されるのでしょうか。最も利用される芳香族求核置換反応としてザンドマイヤー反応があります。

先ほどのハロゲンの置換反応では、ベンゼン環に電子吸引基が存在しなければ反応は進行しません。一方で、ジアゾニウム塩が作られるザンドマイヤー反応であれば、芳香環に存在する置換基に関係なく、芳香族求核置換反応を起こすことができます。

アニリンに対して、酸性条件下で亜硝酸ナトリウム(NaNO2)を加えるとジアゾニウム塩が作られます。酸性条件下では、亜硝酸ナトリウムは以下のようにニトロソニウムイオンになります。

その後、アニリンとニトロソニウムイオンが反応し、ジアゾニウム化合物を形成します。反応機構は以下の通りです。

ジアゾニウム塩は強力な脱離基として知られています。そのためジアゾニウム化合物を作った後、求核剤を加えると芳香族求核置換反応が起こります。

例えば、ジアゾニウム化合物と水を反応させることでフェノールを合成できます。

ジアゾニウム塩では、中間体としてフェニルカチオンが形成されます。フェニルカチオンは非常に不安定であり、求核剤が攻撃します。その結果、置換反応が起こります。

ジアゾニウム化合物経由であらゆる置換基を入れられる

なぜ、芳香族求核置換反応でザンドマイヤー反応が最も重要なのでしょうか。それはジアゾニウム化合物を経由することで、あらゆる置換基を入れることができるからです。

先ほどは水と反応させ、フェノールを合成する例を記しました。このとき反応させる試薬を変えることで、以下のように異なる置換基を入れることができます。

試薬生成される置換基
CuClCl(クロロ基)
CuBrBr(ブロモ基)
KII(ヨウ素)
H2OOH(フェノール)
CuCNCN(シアノ基)
BF4F(フッ素)

もちろん、求核剤は他にも多くの種類があります。例えば、アルコールやチオールは求核剤として働くことで芳香族求核置換反応を起こします。いずれにしても水を含め、わずかでもいいので求核性を有する分子であれば、芳香族求核置換反応を起こすのがジアゾニウム化合物です。

ジアゾニウム化合物を用いたザンドマイヤー反応が芳香族求核置換反応で最も重要なのは、あらゆる置換基を合成できるからです。

ベンザインを経由して芳香族求核置換反応が起こる

なお、芳香族求核置換反応を学ぶときベンザインによる反応機構も頻繁に例として出されます。ザンドマイヤー反応とは異なる反応機構により、新たな置換基が生成されます。

ベンゼン環上に三重結合を有する化合物をベンザインといいます。フルオロベンゼンやクロロベンゼンなど、ベンゼン環上にフッ素原子や塩素原子が存在する場合、ベンザインを用いた芳香族求核置換反応が可能です。

フルオロベンゼンやクロロベンゼンに対して強塩基を加えると、水素(プロトン)が引き抜かれてベンザインが生成されます。このとき溶液中にアンモニアなどの求核剤が存在すると、求核剤がベンザインを攻撃することで置換基が生成されます。

厳密には、ベンザインの合成反応は芳香族求核置換反応とは異なります。最初の反応は脱離反応であり、脱離反応が起こることでベンザインが生成されます。その後、アンモニアが付加することでアニリンが合成されます。

ただ全体としては置換反応が起こっています。これが、芳香族求核置換反応でベンザインによる合成反応を学ぶ理由です。

芳香環上で置換反応が起こる性質を学ぶ

ベンゼン環は非常に安定な物質であるため、通常は反応が起こりません。ただ、特定の条件下では芳香族環で置換反応が起こります。

芳香族求核置換反応で重要な反応は3つだけです。以下になります。

  • ハロゲンの置換反応
  • ザンドマイヤー反応
  • ベンザインを経由する反応

これらの中で最も重要なのがザンドマイヤー反応です。有機合成を行う研究室では、どこもジアゾニウム塩を用いるほど頻度の高い合成反応です。そのため、特にザンドマイヤー反応の反応機構は理解するようにしましょう。

ベンゼン環に新たな置換基を入れたい場合、芳香族求核置換反応は有効です。どのようなメカニズムで反応するのか理解して、合成反応を進めるようにしましょう。