有機化学では、さまざまな分子を取り扱います。その中で重要な構造に共役があります。二重結合(不飽和結合)と単結合が交互に並ぶ場合、共役と呼ばれます。
二重結合は付加反応を起こすことが知られています。ただ共役ジエンの化合物では、付加反応が起こるときに2種類の反応を起こします。それが1,2付加と1,4付加です。そこで、どちらの反応が起こるのか理解しなければいけません。
また1,4付加で有名な反応としてマイケル付加があります。電子吸引基をもつ化合物では、1,4付加の影響が特に重要です。
そこで共役ジエンに対する1,2付加と1,4付加を学び、電子吸引基を有する化合物のマイケル付加の内容を確認していきます。
もくじ
共鳴構造で安定化する共役ジエンの性質
分子内に二重結合をもつ化合物は多いです。またアルケンの中でも、二重結合と単結合が交互に2つ存在する場合、共役ジエンと呼ばれます。例えば、以下の化合物は共役構造をもち、二重結合が2つなので共役ジエンです。
分子内に二重結合が2つあれば、共役ジエンになるわけではありません。二重結合と単結合が交互になっている必要があります。
例えば、以下の化合物は共役ジエンではありません。
それでは、二重結合を有する化合物の中でも、なぜ共役構造をもつ分子は別に学ばなければいけないのでしょうか。それは、共鳴構造を書けるからです。
アルケンとして二重結合があるとしても、単独で二重結合が存在する場合、一般的な二重結合としての性質しかありません。一方で共役構造がある場合、以下のように共鳴します。
共鳴するため、共役ジエンは共役していないジエンに比べて構造が安定しています。また、単結合であっても二重結合の性質を有しています。事実、共役ジエンの真ん中の単結合について、アルカンよりも結合距離が短く、アルケンよりも結合距離が長いです。
共役構造があると共鳴によってπ電子がいろんな場所に分散するため、より複雑に電子が動きます。これが、共役構造をもつ化合物の特徴です。
1,2付加(直接付加)と1,4付加(共役付加)の反応
なぜ、分子が共役していることが重要なのでしょうか。それは、π電子が動くことによって複雑な化学反応を起こすからです。
二重結合があると、付加反応を起こすことが知られています。二重結合の1位と2位に分子が結合するため、これを1,2付加(直接付加)といいます。ただ共役ジエンでは1,2付加だけでなく、1,4付加(共役付加)も起こります。1位と4位に付加反応が起こるのです。
例えば、1,3-ブタジエンとHBr(臭化水素)を反応させたとき、以下のように1,2付加と1,4付加の両方の反応が起こります。
1,2付加(直接付加)については、一般的な付加反応です。それに対して、なぜ1,4付加(共役付加)が起こるのでしょうか。これは共役構造があると、分子が共鳴するからです。
共役ジエンに付加反応が起こる反応機構
共役付加が起こる理由について、共役ジエンに付加反応が起こる反応機構を確認すれば理解できるようになります。
最初、付加反応では二重結合のπ電子がハロゲン化水素の水素原子を攻撃します。その結果、カルボカチオンが生成されます。1,3-ブタジエンの場合、水素原子は末端炭素に結合します。カルボカチオンの安定性を考えたとき、第一級カルボカチオンよりもアリルカチオンのほうが安定だからです。
1,2付加(直接付加)の場合、カルボカチオンが生成した後に臭素イオンが攻撃します。その結果、以下の反応機構によって付加反応が完了します。
それに対して1,4付加(共役付加)では、水素原子が結合した後、共鳴によって二重結合の場所が変わります。その後、臭素イオンが攻撃します。
反応機構は以下のようになります。
カルボカチオンの隣に二重結合があるため、電子が移動できます。その結果、1,4付加を起こすことができます。
速度論的支配と熱力学的支配で位置選択性が決まる
それでは、1,2付加と1,4付加はどちらが優先して起こるのでしょうか。この点について、反応温度によって変わります。-78℃と低温で反応させる場合、1,2付加が起こります。一方で25℃など常温で反応させる場合、1,4付加が起こります。
低温条件では1,2付加が優先されます。それに対して、高温条件では1,4付加が優先されます。なぜ、このような違いが生まれるのでしょうか。
・1,2付加は速度論的支配
共役ジエンで1,2付加が起こるのは、速度論的支配によるものです。低温にて、短時間で反応させることで優先的に反応が起こるのが速度論的支配です。
プロトンが二重結合に付加すると、アリルカチオンが生成されます。臭素イオンがカルボカチオンを攻撃するとき、4位の炭素原子よりも、2位の炭素原子のほうが近いです。そのため温度を低くすることで分子の動きや反応に必要な活性化エネルギーを低くする場合、1,2付加が優先的に進行します。
1,2付加が速度論的支配であり、低温条件で優先的に反応が進行するのは、こうした理由があります。
・1,4付加は熱力学的支配
一方で1,4付加では、熱力学的支配になります。高温条件にて、長い時間をかけて反応させる場合は熱力学的支配になります。安定性の高い生成物が合成されるように反応が進行するのが熱力学的支配です。
反応させるときの温度が高ければ、多少は活性化エネルギーが大きかったとしても、安定な化合物が優先的に生成されます。共役ジエンへの付加反応について生成される化合物を比べるとき、以下のように安定性が異なります。
なぜ、生成化合物によってこのように安定性の違いがあるのでしょうか。アリルカチオンには二重結合があります。二重結合をもつ分子では、多置換アルケンであるほど安定性が高いことが知られています。
これは、超共役という現象によって説明されています。二重結合にはπ電子が存在します。そのため隣にC-H結合があると、二重結合のπ電子とC-H結合が平行になります。その結果、電子を弱く共有することで構造が安定化します。
共役ジエンに付加反応が起こるとき、1,4付加したほうが生成物の安定性は高いです。多置換アルケンが優先的に合成されるため、反応温度の高い熱力学的支配では1,4付加(共役付加)が進行します。
α,β-不飽和カルボニル化合物で重要なマイケル付加
共役ジエンで重要なのは、1,4付加を生じる事実です。有機化学では、他に重要な1,4付加があります。それがマイケル付加です。α,β-不飽和カルボニル化合物に対する1,4付加がマイケル付加です。
カルボニル化合物の中には、カルボニル基(ケトン)と二重結合が隣り合って分子内に存在することがあります。この化合物がα,β-不飽和カルボニル化合物です。求核剤がα,β-不飽和カルボニル化合物に対して攻撃するとき、以下の2種類の反応が存在します。
- カルボニル炭素に求核攻撃する
- 二重結合に求核攻撃する(1,4付加:マイケル付加)
このように、α,β-不飽和カルボニル化合物では1,2付加または1,4付加が起こります。
優先的に反応が起こるのがどちらかについては、先ほどの共役ジエンと考え方は同じです。酸素原子の影響によって、カルボニル炭素はプラスに分極しています。そのため活性化エネルギーが低く、速度論的支配によって1,2付加が進行します。
ただ、カルボニル炭素に攻撃するのは立体障害が大きいです。二重結合へ求核攻撃し、1,4付加したほうが安定性の高い化合物を得ることができます。つまり、マイケル付加は熱力学的支配によって反応が進行します。
反応が不可逆な場合、活性化エネルギーを低くしながら反応させることで1,2付加が進行します。一方で可逆反応の場合、長時間反応させることで平衡反応が起こり、反応速度が遅かったとしても最終的に安定化合物が合成されるように反応が進行します。
・シアノ基やニトロ基の電子吸引基でもマイケル付加する
なお、電子吸引基があればマイケル付加します。電子吸引基の代表例がケトンです。そのためマイケル付加ではα,β-不飽和カルボニル化合物が例として頻繁に用いられます。
ただ電子吸引基はケトンだけではありません。シアノ基やニトロ基も電子吸引基として知られています。これらの官能基が二重結合の隣に存在する場合であっても、マイケル付加によって反応が進行します。
またアルケンだけでなく、アルキン(三重結合)に電子吸引基が存在する場合であってもマイケル付加が起こります。
熱力学的支配のエノラート合成:逆アルドール反応
α,β-不飽和カルボニル化合物に対する強塩基の求核攻撃では、一般的には1,2付加が起こります。酸・塩基反応よって、そのほうが素早く合成反応が進行するからです。事実、強塩基で知られるグリニャール試薬では、α,β-不飽和カルボニル化合物に対して1,2付加します。
それに対して、エノラートを利用する場合は熱力学的支配によって反応が進行し、マイケル付加による反応が起こります。α,β-不飽和カルボニル化合物のマイケル付加では、エノラートを用いた合成反応が非常に重要です。
なぜ、エノラートとα,β-不飽和カルボニル化合物は1,2付加ではなく、マイケル付加するのでしょうか。それは、エノラートとα,β-不飽和カルボニル化合物との反応が可逆反応だからです。
エノラートとケトン(またはアルデヒド)が反応するとき、アルドール反応と呼ばれます。アルドール反応によって、新たな炭素結合を作ることができます。ただ、アルドール反応によって生成物を得たとしても、場合によっては元の化合物へ戻ることがあります。これを逆アルドール反応といいます。
1,2付加(直接付加)によって、エノラートはカルボニル炭素に攻撃できます。ただ1,2付加の生成物は1,4付加(共役付加)の生成物に比べると不安定です。そのため逆アルドール反応によって、時間経過と共に安定なマイケル付加の化合物が生成されるようになります。
立体障害による平衡反応という理由により、エノラートとα,β-不飽和カルボニル化合物の反応は熱力学的支配によって反応が進行します。そのためエノラートを利用すると、共役付加によって以下の化合物を得られます。
1,2付加が起こるのか、それとも1,4付加によってマイケル付加が起こるのかについては、有機化学で重要な問題点の一つです。
α,β-不飽和カルボニル化合物に対する求核攻撃では、1,2付加と1,4付加の両方が起こります。ただ反応条件によって、どちらが優先されるのか変わります。そこで、どのようなときマイケル付加が優先されるのか学んでおく必要があります。
1,2付加と1,4付加が起こる条件と反応機構
二重結合が交互に存在する場合、共役構造と呼ばれます。こうした化合物では、特殊な反応をします。1,2付加だけでなく、共役ジエンでは1,4付加も起こります。
1,2付加と1,4付加の違いを学ぶのは重要です。速度論的支配では1,2付加が起こり、熱力学的支配では1,4付加が起こります。
同じことはα,β-不飽和カルボニル化合物へのマイケル付加でもいえます。不可逆反応ではなく、可逆反応の場合はマイケル付加が優先されます。頻繁に用いられる事例としては、エノラートとα,β-不飽和カルボニル化合物によるアルドール反応です。
分子によっては、反応場所が複数存在することがあります。その一つが共役構造をもつ化合物です。どのようなとき、1,2付加または1,4付加が起こるのか理解しましょう。