化合物の分離で非常に重要なのがクロマトグラフィーです。そうした中でも、吸着クロマトグラフィーが用いられることは多いです。

吸着クロマトグラフィーは順相クロマトグラフィーとも呼ばれます。厳密には違いますが、分かりやすさを重視するため、吸着クロマトグラフィーと順相クロマトグラフィーはほぼ同じものと理解すればいいです。

HPLC(逆相クロマトグラフィー)などの手法に比べると、順相クロマトグラフィーの出番は少ないです。ただ、有機化学で合成研究をする人など、毎日のように順相クロマトグラフィーを行う人もいます。人によっては、順相クロマトグラフィーは非常に重要な手法です。

なお化合物の分離に優れる吸着クロマトグラフィーですが、原理や特徴を理解していないと、どのように利用すればいいのか分かりません。そこで、順相クロマトグラフィーの考え方について解説していきます。

順相クロマトグラフィーで複数物質を分ける

研究をするとき、複数の化合物が混じっている状態は好ましくありません。構造決定しようとしても、単一化合物ではないので「どれがターゲット化合物のデータなのか」を見分けることができません。

そこで、事前に物質を分ける必要があります。化合物を分離する方法はいくつかあるものの、非常に精度の高い手法の一つがクロマトグラフィーです。吸着クロマトグラフィー(順相クロマトグラフィー)というのは、物質を分ける手法だと理解すればいいです。

化合物を有機溶媒に溶かし、順相クロマトグラフィーを行うことで、単一の物質にするのです。

それでは、どのようにすれば物質が分かれるのでしょうか。イメージとしては、マラソンを考えてみましょう。例えば、以下の2人の人間がいたとき、同時にマラソンをすればどちらが速いでしょうか。

恐らく、痩せている女性のほうが足は速そうです。化合物も同じであり、液体(有機溶媒)と一緒に流すとき、流れる速度は化合物ごとに異なります。この違いを利用して、物質を分離します。

固定相はシリカゲルの利用が一般的

それでは、どのようにして化合物は速度の違いが表れるのでしょうか。クロマトグラフィーでは必ず固定相を用意します。固定相に化合物を通すことで、速度の違いを生み出します。細いチューブに固定相を充てんし、そこに化合物を通すわけです。

どのような固定相を用意するのかによって、クロマトグラフィーの名称が変わります。このとき吸着クロマトグラフィー(順相クロマトグラフィー)では、シリカゲルを選択するのが最も一般的です。

私たちの生活では、乾燥剤としてシリカゲルの粒を利用します。ただ化学実験で用いるシリカゲルは非常に細かくサラサラしています。こうしたシリカゲルを筒などに充てんし、そこに「化合物を溶かした溶媒を流す」のです。

なお固定相にはシリカゲル、アルミナ、活性炭などがあるものの、よほどの理由がない限り、順相クロマトグラフィーではシリカゲルを利用します。

極性の高い化合物は相互作用によって移動速度が遅い

それでは、なぜシリカゲルを充てんさせたあとに溶媒を流すことで、化合物の移動速度に違いが表れるのでしょうか。これは、シリカゲルの構造に着目すれば理解できます。

シリカゲルは非常に多くの水酸基があります。言い換えれば、シリカゲルの表面にはたくさんの-OHがあります。酸素原子は電気陰性度が高く、極性が高いです。シリカゲルは水酸基を多く保有することから、極性の高い物質だと理解しましょう。

化合物は性質が近いほどくっつきやすいです。例えば、水と油は混じりあいません。これは、水は極性が強く、油は極性が低いからです。

化合物も同様であり、極性の強弱があります。シリカゲルは極性が高いため、極性の高い化合物であるほどシリカゲルに吸着しやすいです。一方、極性が低い(疎水性が高い)という化合物はシリカゲルに吸着しにくいです。

その結果、シリカゲルを充てんさせて溶媒を流すと、化合物を分離できるようになります。

化合物は溶媒と一緒に流れます。ただ、そこに極性の高いシリカゲルがあるとどうでしょうか。極性の高い化合物は、同じく極性の高いシリカゲルに吸着されながら、少しずつ進んでいきます。前に進もうと思っても、シリカゲルという吸着剤があるため、簡単には前に進めません。

人間が泥の沼を歩くとスピードが遅いのと同じように、吸着する物質があると移動スピードは遅くなります。

一方で疎水性の高い化合物はどうでしょうか。この場合、シリカゲルとの相互作用は少ないです。つまり、シリカゲルによる吸着効果は弱いです。その結果、素早く前に進むことができます。

当然、化合物によって保有する極性の度合いはさまざまです。そのため化合物によって進むスピードが異なり、結果としていくつもの化合物が混ざっていたとしても、それぞれを分離できるというわけです。

移動相は有機化合物の溶媒になる

また、吸着クロマトグラフィーでは移動相を決めなければいけません。順相クロマトグラフィーの移動相は有機溶媒となります。例えば、以下のような有機溶媒を利用します。

  • 酢酸エチル
  • ヘキサン
  • メタノール
  • ジクロロメタン
  • エタノール
  • アセトン

他にも有機溶媒の種類は多いですが、順相クロマトグラフィーで用いる最も一般的な溶媒は酢酸エチルとヘキサンです。有機溶媒の中でも、酢酸エチルは構造式から極性が高いことが分かります。一方でヘキサンの極性は低いです。

いくら有機化合物の極性が高かったとしても、極性の高い溶媒を用いれば、シリカゲルへの吸着はほとんど起こりません。シリカゲルに吸着したと思っても、すぐに酢酸エチルへ溶け出し、溶媒と一緒に前に進むようになります。

そこで酢酸エチルとヘキサンを混ぜます。混ぜる割合は自由であり、ヘキサンの割合は3割や5割、8割と自由に調節できます。

このとき、ヘキサンの割合が高ければどうでしょうか。極性の高い有機化合物は移動相(液体)へと溶出することができず、前へ進むスピードは遅くなります。

ヘキサンは脂溶性が高いため、ほとんどの化合物はヘキサンに溶けません。一方、酢酸エチルにはほとんどの化合物が溶けます。そこで酢酸エチルとヘキサンの割合を調節し、ほどよいスピードで有機化合物がシリカゲルの筒を通過するように調節します。

最適な酢酸エチルとヘキサンの割合は化合物によって異なり、そのつど調節する必要はあるものの、こうして移動相の有機溶媒を決めます。

吸着クロマトグラフィーには種類がある

それでは、吸着クロマトグラフィーにはどのような種類があるのでしょうか。クロマトグラフィーで非常に頻繁に利用されるHPLCでは、逆相クロマトグラフィーが非常に多く利用されます。疎水性の高い固定相を利用するのが逆相クロマトグラフィーです。

ただ、ここでは逆相クロマトグラフィーではなく、シリカゲルなど極性の高い固定相を利用した順相クロマトグラフィーで考えていきます。そうしたとき、特に化学研究で利用される順相クロマトグラフィーには以下が知られています。

  • 薄層クロマトグラフィー(TLC)
  • カラムクロマトグラフィー

どちらも原理は吸着クロマトグラフィーであるため、考え方は同じです。ただ、利用目的が異なります。

薄層クロマトグラフィー(TLC)で物質の数を見分ける

化学実験ではそれが単一の化合物なのか、複数の物質が混在しているのか調べなければいけません。例えば有機化合物を合成したとき、副生成物を生じることはよくあります。また化合物を抽出したとしても、いくつもの化合物が混じっていることはよくあります。

そこで、最初に行うべきなのが薄層クロマトグラフィー(TLC)です。薄層という言葉通り、薄い板を活用します。ガラスの板にシリカゲルを貼り付けたものであり、以下が実際のTLC板です。

最初、TLCに化合物の溶液のスポットを打ちます。その後、移動相(酢酸エチルとヘキサンを好きな割合で混ぜた液体)へ浸します。すると、下から上へと徐々に液体が上がっていきます。それに伴い、化合物も上に昇っていきます。

ただ前述の通り、化合物によって極性が異なるため、上昇するスピードは異なります。その結果、薄層クロマトグラフィーではTLC上で化合物が分かれるようになります。

薄層クロマトグラフィーを行えば、溶液に何種類の化合物が混じっているのか判断できるようになります。例えば、薄層クロマトグラフィーによって有機化合物のスポットが3点あれば、3つの化合物が混じっていると理解できます。

TLCをしたとしても、化合物を分離することはできません。薄層クロマトグラフィーはあくまでも、何種類の化合物が含まれているのか、また移動相は最適かを見極めるための手法です。

カラムクロマトグラフィーで物質を分ける

こうして化合物が溶液の中にどれだけ存在するのか確認します。また、移動相の状態(酢酸エチルとヘキサンの割合)は最適かどうかもチェックします。

その後、化合物を分離します。化合物の分離ではカラムクロマトグラフィーを利用します。細い筒がカラムであり、カラムで吸着クロマトグラフィーをするため、カラムクロマトグラフィーと呼ばれます。特に有機合成系の研究室では毎日のようにカラムクロマトグラフィーをします。

最初、カラムにシリカゲルを充てんします。次に、シリカゲルの一番上に化合物を乗せます。その後、溶媒(移動相)を流します。

薄層クロマトグラフィーのときと同様に、カラムを流れる速度は化合物によって異なります。この性質を利用して、カラムから出てくる化合物を順に集めていきます。

液体は試験で集め、蒸発させます。こうすれば、いくつか混じっていた化合物であっても、順相クロマトグラフィーによって単一化合物となります。

例えばエストリオール、エストラジオール、エストロンの3化合物が混じっているとします。

これらの化合物について、極性の強さは「エストリオール>エストラジオール>エストロン」の順です。ヒドロキシ基(-OH)があるかどうかで極性の強さを判断できます。また、ヒドロキシ基の数が多くなると、その分だけ極性も強くなります。

極性が強い化合物であるほど、「シリカゲルと相互作用し、カラムの中を進むスピードが遅い」ことを意味します。そのため、カラムクロマトグラフィーでは以下のようになります。

複数の物質が混じっていても問題ありません。カラムクロマトグラフィーを実施することで、単一の化合物へと分離できるようになっています。これが、カラムクロマトグラフィーの特徴です。

吸着クロマトグラフィーの性質や利用場面を理解する

ここでは吸着クロマトグラフィーの原理や特徴について、できるだけ分かりやすく解説してきました。吸着クロマトグラフィーではいくつか種類があるものの、一般的には順相クロマトグラフィーのことを指します。厳密には違いますが、分かりやすさを優先するため、そのように理解しましょう。

また、順相クロマトグラフィーでは固定相や移動相を学ぶ必要があります。固定相はシリカゲルが主に利用されます。シリカゲルは極性が高いため、極性の高い物質ほど相互作用し、前に進みにくくなります。

こうした性質を利用して、化合物を分離するのが吸着クロマトグラフィーです。吸着クロマトグラフィーには主に薄層クロマトグラフィー(TLC)とカラムクロマトグラフィーがあります。それぞれ役割が違うため、2つを使い分けなければいけません。

有機化合物を取り扱う研究室では、実験で吸着クロマトグラフィーを毎日のように行います。そのため、特にこれらの研究室にとって吸着クロマトグラフィーの原理を理解するのは必須だといえます。